おせち料理の歴史

おせち料理の歴史は古く、平安時代にまで、遡ります。

平安時代でも、位の高い貴族の間で、季節の変わり目や、1月1日のお正月、3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句に、

神々にお供えをして、悪魔払いや邪気払いをする節会(せちえ)が行われていたそうです。

その席で出されたのが、「お節供(せちく)料理」と呼ばれていたために、「おせち料理」と呼ばれるようになったのです。

この「お節供料理」は、貴族社会の催しでしたので、庶民には高値の花だったため、

今のおせち料理の原型が作られたのは、江戸時代も後期に入ってからだそうです。

江戸時代の江戸は、人口100万人を誇る、大都市です。

現代の日本と違い、好景気の真っ最中だったので、庶民の暮らしも豊かになり、色々なものが発展する中、

食文化が発達したのも、想像に難くありませんね。

武士の家で、「お節供料理」を食べる際、祝い膳の意味と、重箱の目出度さを重ねるという意味を兼ね、

重箱を利用するようになったそうです。

また、新年には、その年の豊作もお祈りしたそうで、山の幸、海の幸に加え、畑で取れる野菜なども加え、

新年をお祈りしたとのことです。

おせち料理も重箱も、縁起物なのですね。

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